2009/03/26に群馬大学工学部建設工学科教授であった小葉竹先生が私より先に旅立った。昨年の10月ごろ、私の退院後の報告に行った時に、どちらが先に逝くかなどと軽口をたたいていたのだが、先に逝かれてしまった。物事は順番だから仕方ないにしても、残念である。しかし、彼と会い別れるときには常に会いに来てよかったなと、暖かい余韻を持たせてくれる人だった。
最初に会ったのは1996年ごろに始まった渓流水質の改善プロジェクト。記憶では、冬の寒い日に妙に暖房が効いている桐生の産業会館?での発表会の時に相席した時だった。その時には学生の論文を読んで赤を入れていたような気がする。
その後、何度か会い、防災工学と防災技術について話をしていると、曰く、「防災工学は役に立たなくちゃ意味が無い」と言葉にされたのが印象深く。その後、当方の防災技術研究にいろんな場面でお願いするようになったのが本格的な関係の始まりでした。
初期には河川のいろんなことを聞く関係から始まり、教授用に提供された河川関係の教科書や学術書をもらったりしていました。そのうちに、当方が旗を振る野外用の3D観測について相談しあう関係になり、足尾実験にもつきあってもらいました。 |
 
山地河川の3Dモデル作成 足尾実験 1999/02/16
研究室に出入りする中で、清水先生、松本先生と接触が広がり、今に至っています。いずれにしても、関係の発端は彼の人となり、そして学問を社会に役立てようとする心根が、当方の「電子技術を防災に!」の趣旨になったのでしょう、これも小葉竹さんのおかげだと思います。
ほんとうに惜しい人を亡くしたと言いますが、生き物は必ず死ぬ。そう言えば、死についてかなりしっかりと話をした記憶があります。先生は来世があると信じており、私はあれば死んでみればわかると・・・、まあ水掛け論ですが。私も遠からず寿命を迎えますから判明するでしょう。でも、当面は彼と私たちの心と意気を継続し、生かしつづけるように努力していこうと思います。
人の心は死なず他の人に引き継がれることで生きつづけます。供に奮闘している方々と協力していきたいと思います。 |