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| 観測風景 |
観測風景 |
炎天下の民家の前(Movie) |
香渓鎮から自動車で黄陽畔が見えるところまで行き、観測した。民家の前にはレンガ敷きの縁側?がある。沙鎮渓鎮でも夕方になると家の前に伝統的な椅子を持ち出して座っている人が多かった。中国では家の前に座っている人が多く、なんだかそれを見ると中国だなあと感じる。
観測場所に選んだのは、この家のミカン畑で家から30mほど先である。畑の土は一見固そうなのだが良く耕されていて柔らかく良い状態だ。足を踏み入れるのが少々申し訳なかった。私の親戚も農家なので、そんな心理が働く。
W 299 N310016.670 E1104528.560 09-AUG-04 02:08:00 0 299 畑
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| 黄陽畔1 |
黄陽畔2 |
黄陽畔3 |
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| 黄陽畔4 |
眼下を通る高速艇 |
眼下を通る高速艇(Movie) |
対岸に見える町全体(黄陽畔3)が地すべりで香渓河に落ち込んでいる。おそらく右の高い山からの崩壊土がまた動いているのかなと思って聞いてみた。地質を調べたらそうではなさそうだとのこと。
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| 支流でも悠々と貨物船 |
お邪魔した民家の居間 |
家を造るレンガ |
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| バッテリー運用 |
汗を搾る(Movie) |
よく寝る矢澤君 |
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| クソうまかったスイカ |
ちょうちょ(Movie) |
効き目抜群漢方薬 |
とにかく暑く気温37度、汗がダラダラと際限なく流れる。ウリ型のスイカはものすごく甘くてうまかった。民家の居間に入れと言われたので入ったら、レンガ造りの家は涼しい。室内でもスイカをいただいたが、スイカの皮を床に積み上げているのでどうするのかと思って見ていたら、おばさんが最後にちりとりで集めて裏にある畑にまいていた。有機肥料として使われるらしい。飲料水として持ち歩いている水はワハハという武漢製の有名なペットボトル入り。このペットボトルはちゃんと回収する人がいて、空き瓶が転がっているような風景は見ない。
帰り道は南仏プロバンヌと言っても通るきれいな風景。横断歩道橋や町の看板はいたって中華風。14:40にホテルに帰り昼食になった。
この地では四川風が基調になった中華料理だ。毎日十分な食事を提供してくれるんだけれど、辛くて食欲が減退してきた。食べられそうな薄味のスープを選びポロポロではあるがおいしいご飯を混ぜておかゆを作って食べた。懐かしい木製のおひつから、かわいい女性がついでくれるが、とっても下手な発音なので通じない。すべからくワンさんやオウさんにたのんで通訳してもらった。お茶をくださいと言いたいのでも「チャー」と言ってもだめで、「チャア」という最後に「ア」を追加して音程を下げなくちゃ駄目だった。
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| 渡し場へは下る道、怖い |
荷物だけ積める |
午前中に観測した地 |
午前中に測定した場所の少し下流側対岸にある白家堡を望むところに船で渡る。
船着場と言っても少しだけ足場のあるところに船が着いた。上の斜面にある農家群の船着場らしい。ここから30mぐらい上にある最初の農家の庭先まで全てを荷揚げした。トラック用のバッテリーが2つもあり、これらをしょいかごの上に不安定に載せて上手に登ってくれる。
目標の白家堡である。この手前の山の正面がV字型に香渓河へ落ちている(白家堡2)。
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| 農家の庭先で観測 |
農家の庭先(Movie) |
豆とトウモロコシ |
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| 木陰で涼むオウさん |
夕方の農家(Movie) |
きれいな農家群 |
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| うるさいセミ |
TVアンテナ |
降りる道 |
農家は2種の作り方だ。古い建物は土作り、新しい家はレンガ造りにつるっとした硬質の石膏塗り。いずれもこざっぱりとしている。水は斜面の上から引いているようだ。簡易水道かな?。ここで夕方まで観測。セミが恐ろしいでっかい声で鳴くし、鳴き方も日本とは違って中国風。日陰に入ると非常に快適だ。木陰で涼むオウさんの右側には昔使っていたらしい豚を飼う石垣がある。
W 302 N305916.650 E1104557.430 09-AUG-04 08:40:00 0 302 観測地(民家の庭)
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| 帰りの船積み |
帰り(Movie) |
借りた網、オウさん(Movie) |
測定器を持って降りるときに手伝ってくれた人たちは背中のかごにひょいと乗せるだけで、手も添えない。700万円もする測定器なので落としでもしたら大変だ。ワンさんもそう思って注意したらしいが、相手は、大丈夫大丈夫、心配ないと言うばかり。怖くて仕方ないので彼らを見ないように目をそらし、しばらく神様に祈った。
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| インターネットカフェ |
歯医者 |
歌いながら歩く人(Movie) |
香渓鎮のホテルに帰りついた。この町にはインターネットカフェがあると聞いたので、通関がどうなったか心配しているはずの池谷さんにメイルを送ろうとした。インターネットカフェは山の斜面にある町の大通りを2段登ったビルの中にあり、若者が10人ほどTVゲームをしていた。この町もそうだがこの付近の長江沿いの町はすべからく斜面に立っている。
回線が細いということも無く、快適に日本に接続できる。しかし、当たり前だけれどPCからは日本語が入らない。しかたなくローマ字で研究支援サーバの共有WEBに通報を入れ、これでいくらかホッとした。連絡が遅くなってしまったが、電話カードも無く通報手段が無かったのでしかたがない。ここまでの4ヶ所で観測作業は全部終了、残りは三峡ダムや周辺の見学になったので気が楽になる。
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| 「終わったね」と言うワンさん |
いくぶんホッとした私 |
前日までですべての観測が終わったので今日は宣昌へ戻るだけだ。朝飯より寝ているほうがいいと宣言して、朝飯も食わずに昼まで寝ていた。昼に起きて、ワンさんが「やっと無事に終わったね」とねぎらいの声をかけてくれ、私ものんびりとした顔になっている。
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| フェリーから見た地層 |
フェリー |
14:30ごろ宣昌に向けて出発。また、側船式のフェリーで長江を渡った。このフェリーはちょうつがいで台船につながっている。動きを見ているとおもしろかったし、うまく考えたものだと思う。フェリー乗り場の横には石灰岩と思われる侵食地層らしいのがあったが、これは砂岩だと言われた。砂岩の柔らかい部分が侵食されたらしい。
三峡ダムへ戻る中途にある呂家畔トンネルの脇から、この地では有名な新灘地滑りを見学。この地すべりは数時間前に住民を退去させることができ、人への被害はなかったそうだ。しかし、長江に落ちた土砂でこちら側に高さ30mの津波が発生したらしい。左側の山が石灰岩、崩落した石灰岩の再崩壊だ。写真には大きな三峡観光船が写っている。
W 303 N305556.520 E1104752.990 10-AUG-04 06:40:00 0 303 新灘地滑
三峡ダムに到着。三峡ダムを見るには観光バスしか無い。バスに乗ってめぐった。結構高いが研究所が切符を購入してくれた。半券には中国国内用の葉書が付属、おもしろい。
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| 三峡ダム |
三峡ダム |
三峡ダム |
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| 三峡ダム(Movie) |
三峡ダム観光バス(Movie) |
解説(Movie) |
ちょっとスケール感が表現できない。現場に立っていてもどれほどのスケールなのか良くわからない、比較対照が無いのだ。日本では東京ドーム何杯とか都庁のビルの高さとか言うけれど、そんな表現ではとてもじゃないが不足。ボールペンで自動車の大きさを言うようなものだ。
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| ダム越えをさせる施設 |
その上の橋から |
三峡ダム(Movie) |
三峡ダムの横にある、(と言ってもひとつ山の向こうだが)、ゲート式のこの水運施設に3000トンの船が5艘入ると言えばスケール感が沸くだろうか?
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| 宣昌地質調査中心 |
大きなひれ |
19:30 やっと宣昌にたどりついた。夜には打ち上げ会をしていただいて感謝。そこ(香島大酒楼)には子供の背丈ぐらいのフカヒレが飾ってあった。なんだか普段の私では足を踏み入れることなんて絶対なさそうだ。
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| 宣昌地質の方たち |
新井場さんとワンさん |
新井場さんとワンさん(Movie) |
観測をサポートしてくれた中国スタッフがどのような人たちなのかわかっていなかったので、学術交流会は私にとっても興味深かった。実は、そうそうたるメンバーだったことが良く理解でき、少し恥ずかしかった。また竹内先生の地温測定による水脈調査はおもしろい技術だと感じた。しかし、日本語と中国語の通訳で話が進んでいる間は問題なかったのだが、中国語オンリーの発表になると、失礼ながら耐え切れず居眠りをしてしまった。皆さん、申し訳ない。
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地調賓館の裏にある
化石博物館入り口 |
ステゴザウルス? |
美しいウミユリ |
魚竜(Movie) |
交流会の後、当日は閉館であったけれど、地質調査研究所の所長にお願いして見せてもらった化石博物館。見事なウミユリの化石が印象深かった。写真を撮っちゃいけないと書いてあったのだけれど・・・知らんフリ。魚竜も見事だった。
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中国地質調査局
宣昌地質調査中心 |
国土資源部
宣昌地質鉱山研究所 |
宣昌中心街(Movie) |
最後に正門前、全員で記念写真を撮影して、日本に帰るお土産を買いなさいってことで街中のデパートに寄った。私は何も買わずじまい。おみやげは川筋で拾った砂岩ひとつと研究所の好意でいただいた五峰茶1ケース。本当のお土産は、良いフィールドと経験を与えていただいたので十分、感謝の心だ。待っているのもつまらんのでマクドナルドに入ってコーラを注文。小さいのでいいと伝えようとするのだが、でっかいのを押し付けられてしまった。5.5円(およそ80円)
中国側で撮影した記念写真やレポートはhttp://www.yichang.cgs.gov.cn/hjs/hjs040817.htmにある。
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サービスエリアのトイレ
きれいでした |
ワンさん達が子供の頃
食べていたと言う蓮の実 |
食い物と間違えて
かじりついた圧縮タオル
(Movie) |
千昌から武漢へは高速道路をひたすら走り、夜遅くに到着してぐったり。しかし、ワンさんの旧友が夜の宴席に招待してくれた。中華料理のなかで丸いケーキのようなものが出たので、これは珍しいとかぶりついたら機械で丸く圧縮した蒸タオルだった。しかし、ほんとうにサワーケーキのように丸い面に模様が浮き出てきれいなものだった。
中国科学院武漢岩土力学研究所を訪問。朝早すぎて研究員がまだ出てこない。部屋の鍵がしまっているところが多く、あまり見られなかった。さて、帰国だ。
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| 武漢空港のセキュリティ |
動かない飛行機の中 |
武漢空港ではセキュリティチェックのための係り官がカメラを持って何か言っているので、目の前にいた別の係り官を撮影して見せたら納得してくれた。しかし、問題はこれからなのであった。
最初に別のどこかから来るはずの、我々が乗る北京行きの飛行機がなかなか到着しない。1時間待ってやっと乗り込むことができた。しかし、これがまた誘導路の途中までノロノロ出たら後はピクとも動かず、おまけにエンジンを止めてしまった。シーンとした飛行機に循環する生ぬるいエア。外気は35度、誘導路はもっと暑いだろう。飛行機の中はクーラーも効かず、このまま2時間待たされ、ひたすら座禅の心境。
飛行機の中では中国語のわめき声がとどろき、ほとんど暴動寸前。電源車を呼んで一時的にクーラーを動かしたのだが30分ほどでいなくなった。、その騒ぎのおかげで乗客3名が荷物を置いてタラップから降りてしまい、誘導路で立ち往生。後で聞いたところによれば上海北方から中国本土に入り込んだ台風のおかげで航空路が大混乱したらしい。
結局のところ北京発の国際線には乗り遅れ、ワンさんたちが交渉して飛行機会社の専用ホテルに宿泊することになった。
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| 北京空港内のバス |
北京空港外側(Movie) |
専用ホテル |
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| ホテルから北京空港へ |
北京空港へのバス(Movie)
北京は少し寒く、うそみたい |
関空でエアーブレーキ |
北京税関で入国時のシリアル番号を照合し、測定器の保証金を返してもらった。中国円で3万円を銀行から研究所に返金。順調に関西空港へ到着した。帰りの通関はあっけないほど簡単に通過。
「隣空タウン駅」まで電車で行き、竹内先生が購入した大きな化石と先生を大津の自宅へ送り届けた。関が原を通って名古屋、中央道経由で帰ろうとしたが、お盆の渋滞で大混雑。北まわりだと100から150km遠いが、北陸道、関越道と福井、新潟まわりで夜半すぎに群馬県に帰り着いた。
誰も怪我をせず、数多くのトラブルも乗り越え無事に観測を終わった。ほんとうにうれしい。後はデータを整理して提供するだけだ。 ・・・・・以上。
地すべり調査のお話1 地すべり調査のお話2 へもどる
中国の武漢、宣昌、さらにその奥へ行ってきた。中国への侵略、革命戦争、文化大革命と苦難を乗り越えてきた国だ。しかし、山奥の農村のたたずまいはしっかりとしたものだった。山の斜面にへばりつきミカン畑のなかにある古い農家は土造り、新しい農家はレンガ造り。とうもろこしなどを作り自家用の船で長江を行き来している。表向きに現れる国家を軸にした熱狂と、とうとうと流れる時間のなかにある営農。10年後には長江を水上バイクで疾駆しているであろう、はにかんでいる子供たちだった。
長江の河口である上海から1400km、それでも水面の高さは45m、ただし三峡ダムの貯水開始で今は100m。日本の本州では青森の先端から広島市あたりまでの距離で45mの高さなので、ほとんど流れは感じられません。明治時代に外国の学者が日本の川は滝だ!、って言ったのも実感。
どれぐらいの水量かと聞いたら、三峡ダムのところで毎秒10万トンだとの事でした。ちなみに、黒部の宇奈月ダムでは通常で毎秒50〜70トンなので2000倍の量。ダム自体は日本全体のダムをあわせたものの2倍の水をためます。
行った地域ではV字谷になっていて水面幅800mぐらい、底は埋まっているとしても水深はかなりのものでしょう。こんな奥地を3000トンの貨物船が5分に一隻ほど通過していました。水路ってのはものすごく便利なものだと実感。この地はおそらく三国志のころから続く農村で、30年前の群馬県の山村よりも安定して充実した生活が感じられ、かえってそばの近郊都市のほうが私の生活と比較できるせいなのか、あまり良い生活には見えませんでした。あえて言えば、農村は20年前の群馬県の農村部、小さな近郊都市では30年前の生活って感じかな。大都市は通過しただけなのでよくわかりません。
観測のため農家の庭先を借りて一日中機械を動かしていたので言葉はぜんぜん通じないのだけれどいい感じになれました。この付近では三峡ダムの運用が始まってから水位が50mぐらいあがり今の水面は標高100mぐらいになっています。このダムで起こす電力は中国の石炭消費を減らし日本に及ぶ酸性雨を減らします。しかし、水位上昇は山に地すべりを起こしたり、いろんな災害も生みます。
毎日の食事は奥に行けば四川料理、たいていのものは食べる私でも、あまりに辛すぎてZiになってしまいました。農家の庭先で食べる、ウリの形をしたスイカ、ライムのようなみかんはおいしかった
京都大学防災研究所のワンさんとオウさんに知り合え、宣昌地質鉱山研究所の方たちの支援も得られ、めったに体験できない観測ができました。中国側に役に立てばいいのですが、まだまだ未熟な観測技術なので心配です。しかし、地上型のレーザ装置は航空機型とは違って、「そこで」見続けることもできます。また、絶対的な繰り返し精度が良いので航空機とは違った場面で警報用途に展開できる可能性をもっているのです。
長江の川幅は広いのですが、われわれの観測システムでちょうどベストな距離でした。日本の渓谷ではいつも見通せない場所の問題がありますけれど、長江は教科書の例になるぐらい見通しが良くて観測そのものに技術的な困難はありませんでした。ただ、我々が慣れ親しんだ環境でないので、さらなる運用技術のシェープアップが必要です。観測は科学+装置技術+運用技術でなりたつものです。
ワンさん、オウさん、新井場さん、それに宣昌地質鉱山研究所の皆さんと知り合え、助け合えて幸いです。ぜひ、また一緒にやりたいと思っています。
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