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![]() 2004/09/09-11 白山、別当谷の巨大地すべり 3D測定器による高地調査 仙人窟での観測 研究支援のための山行記録 (株式会社 数理設計研究所 玉置晴朗) 記 2004/09/12-16 , 2005/05/22 |
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![]() 文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(B)(2) ) 「白山における甚の助谷巨大地すべり突発災害の前兆現象および運動予測」 (代表者:汪 発武) 2004/09/09現在の所属 京都大学防災研究所 斜面災害研究センター |
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白山は金沢市の南45km、福井市の東北東50kmに位置する山岳自然公園の中央にあり、石川、福井、岐阜、富山の4県にまたがっている。2004/05/17に別当谷の上部が崩壊し、土石流が砂防新道にかかる吊橋を押し流して2-3km流下した。
国土交通省はと発表した。
- 「崩壊地の斜面長は約170m、幅約90m、最大鉛直深さは約30m、崩壊土砂の総量は約17 万6 千m3 と推定される。このうち下流に土石流として流出したのは約9 万7 千m3、別当出合までの砂防堰堤群によって捕捉された土砂量は約3 万4 千m3、別当出合付近に堆積している土砂量は約5 万1 千m3 と推定される。砂防堰堤群があったことで、土石流先頭部の到達範囲も細谷第10 号付近までに留められ、下流域の被害軽減に大きな効果があった。また、砂防堰堤群によって相当の土砂量が捕捉され、渓流の侵食も抑制されたことで、土石流の総量が砂防堰堤群がなかった場合に比べて半分以下に抑えられたと考えられる。なお、土砂量については速報値であり、今後の調査によって変更することがある。」
この地域を研究している「京都大学防災研究所 斜面災害研究センター」の汪発武さんの依頼で、別当谷の標高1900m近傍から始まる今回の地すべり地から左岸一帯の地すべり地形全体の形状測定をした。(左岸とは川の水の気持ちになって流れ降りるときに左側の部分だ)
我々は山地・河川の3D測定を志した当初から、人手で担ぎ上げられる重量であることを研究開発の重要な条件としていた。だが、過去数年の運用実験では自動車からせいぜい100mぐらいの高さまで持ち上げたことはあるが、今回ほどの悪条件は初めてなので慎重にならざるを得なかった。しかし、他ならぬ汪さんに依頼されては断れないので高地観測を決定した。
WGS 84
N360741.470 は 36度07分41.47秒 コメントの前の値は高度(m)
W 318 N360741.470 E1364430.630 09-SEP-04 06:28:00 1414
W 319 N360757.880 E1364434.420 09-SEP-04 22:44:00 1674
W 320 N360805.760 E1364439.710 09-SEP-04 23:32:00 1805
W 321 N360826.970 E1364515.900 10-SEP-04 01:39:00 2045 殿ヶ池避難小屋
W 322 N360811.920 E1364448.150 10-SEP-04 22:45:00 1839 仙人窟
W 323 N360801.880 E1364436.310 11-SEP-04 00:34:00 1737 観測地
W _ N360739.670 E1364432.310 11-SEP-04 04:25:20 1389 工事道路と登山道の交差
6:30に前橋を出発。汪発武さんがあらかじめ白峰村にある白峰砂防出張所に連絡してくれていたので工事用道路の通行許可証と鍵を借り、14:00に市ノ瀬にある永井旅館に到着。(永井旅館の創業と歴史についてURL)
平日は砂防新道が始まる別当落合まで一般の自動車が入れる。そこの駐車場(1259m)まで自動車で入って名倉君を中心に周囲を探索。私は翌日の荷揚げのために自動車で観光新道が作業用道路に交差する1390m地点まで行ってみた。およそ50kg近い荷物に130mも高度が稼げればポテンシャルは65kJだ!。
土石流で破壊された古い吊り橋を砂防新道にかかる新しい吊り橋から上流に向かって撮影。渡し板がぶら下がっている。見るべきものは砂防堰堤の右岸の下流側が土石流で削り取られていることだ。橋の下にある岩は3m、右岸の橋脚は破壊した。
途中のゲート番人に事前調査。もちろんヘルメット+長靴+許可証の工事現場での定番スタイルだ。このかっこうで丁寧にお願いすれば便宜を図ってくれることも多い。そんなわけで、観光新道が最後に作業道路を横切るところの小屋脇の囲いの中に2日間の駐車を許可していただいた。
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【2004/09/09 16:52】
偵察が終わって永井旅館に帰りついた。翌日は朝が早く、観測装備が80%である、最小限の個人装備や緊急用の荷物を整理分担してまとめあげるのに1時間かかった。
コンロや燃料、これらが無いとさびしい思いをするので2重に持ちケース類は置いていく。 夜、竹内先生と汪さんをまじえて永井旅館にあった立体モデルにて作戦会議。手で触れるモデルがあれば話がスムースだ、すばらしい。
【05:29】 宿で朝と昼のおにぎりを作ってもらい副食は沢庵二切れ、おいしかった。
薄ボンヤリと朝の光、曇天でTシャツでも寒くない。昼から雨の予報が出ていたので本格的に降り出す前に一観測するつもりで、汪発武さんと奥野さんを案内先導として出発。【06:28】 作業道路と観光新道の交差する地点、囲いの中に自動車を置かせてもらい登り始める。
初めのうちはゆっくりゆっくり、それから普通に歩くのだが、実際は最後までゆっくりゆっくり。ひたすら階段や急勾配が続く。足は出ずアゴが出る。
<=動画 バッテリーを荷揚げする前橋研究室の菅君。普段は数学屋だが、たまには山も気持ちがいいぜとそそのかしたらついてきた。 【08:34】 尾根1674mに出た。ヤッホー。
通り雨があり、やばい!、ビビル。観測せずに殿ヶ池避難小屋に行く可能性が高いことを全員に前もって指示した。【08:51】 仙人窟(下にトンネルがある岩)1839m。上に座るのはアジア航測の小網さん。地すべり観測のためのGPS基準点を作っている。
【09:33】 別当谷大崩れを過ぎる頃に小雨。装置とバッテリーを岩の下に置き、観測を断念して殿ヶ池避難小屋に急行を決定。私!。
別当谷大崩れの付近から上では尾根線が割れているように見える。おそらく地すべりの最上部であろうと話をしながら通過。【09:52】 別当谷大崩れを過ぎ避難小屋が見えた、さらに150m登る。
【11:10】 避難小屋着2045m、30分ほど前からかなりの雨足、避難小屋に到着して衣類を乾す。シュラフは表面が濡れただけ。濡れた笹で腰までびしょ濡れだ。
【11:32】 砂防新道からきた竹内先生が合流。【11:32】 汪発武さん、明日の観測の成功を祈りながら殿ヶ池避難小屋を出て砂防新道を回って旅館に帰る。(汪さん) 【15:40】 雨の合間、外でオコジョに出会う。動画のようにチョコマカと動く。写真を撮ろうとしたが断念。しばらくじっと見ていた。足の周りを恐れもなく走り回り、ときどき私を見あげる。 【17:22】 晩飯はレトルトの飯とカレー。豪勢なものだ。コンロが故障すると煮炊きができないので2台持ってきたはずだが、もう1台のガソリンボトルが無いことが判明。もし1台しか用意せずガソリンが無ければどうなったことか。(玉置、笹澤) <=動画
荷あげの功労者、笹澤君装置を持ち上げてもらった。普段はいろんな会社の社長さん。アマチュア無線で友達になってからしばしば山歩きや旅行を共にする。 【18:29】 残照、ひたすら眠る。(笹澤、名倉)
【5:30】 目が覚め、ラーメンを調理して食べる。空模様はすっきりしないが、予定は今日限りだ。
【06:40】 どうかなあ・・
ありがとう殿ヶ池避難小屋
さいなら避難小屋【07:11】 仙人窟が見え始めた
(菅)【07:11】 6:40出発、装置を置いてきた仙人窟が見え始めた頃、やっと日がさしてきた。
しかし、霧が下のほうから続々と上がってくる。
【07:16】 別当谷大崩れ。昭和9年7gatuにここが崩れて下の村が壊滅した。
白山はずうたいはでかいが、手取層群の堆積物の上に火山噴出物が載っているだけなので化石も多い。左写真は火山性の柱状節理、右写真下部に光っているのは手取層の頁岩かな。層状にある泥がすべると言う。
【07:40】 仙人窟のそば1839mで観測を始めた。つぎつぎに霧が上がってくる。一喜一憂して続けたが、とぎれとぎれの観測ではどうしようもない。
【08:13】ついにあきらめて最初に選定した尾根に上がった場所のそばまで戻ることにした。(名倉)
【07:40】 尾根に上がった場所のそば1737mで2回目の観測開始。スコープを覗いて測定範囲を設定したら後は神様に祈りつつひたすら待つだけだ。最初に粗く観測し、ついで詳細観測を始めた。白山の神様のおかげか観測は上からの雲、下からの霧をうまくすり抜けて成功している。
<=2つの動画
観測中ターゲット観測 笹澤、玉置 矢澤、笹澤
別当谷左岸の崩壊地、一番左が今年の5月、右側はかなり以前の崩壊地。他の登山レポートを見ると、延々と続く砂防堰堤が自然破壊の元凶のようなことを書いている。しかし、この堰堤が登山者が宿泊した旅館や村、そして登山道を守っていることを知らない。
【12:22】 下山開始、途中の踏み石の中には貝の化石がいっぱい入っているものがある。さすがに手取層だ。ものすごく欲しかったが、盗んでくるような真似はできない。途中で足が限界、常に急な下りで尻を据えて足を下ろすことも多く、ひざが反対側にガックリ折れ曲がる。 <=動画 下山路 このくだりが最高にきつかった。足をおろすと言うよりも、階段に腰をおろし、そして足を垂らす。そんな動作が延々と続く。最後のダラダラ道に入るとヒザ関節が逆に折れ曲がってしまうぐらいガクガクになって帰り着けるのか心配になった。 【13:28】 ほとんど限界状態でたどりついた1389m。余計に15kgも腹につけているのだから体重を落とさなくては駄目だと痛感。
自動車も無事にある。避難小屋で騒ぎになったガソリンボトルは自動車の下に転がっていた。(へたばる一行)白山温泉(永井旅館)につかり疲れを癒して前橋へ。途中で作業用道路を通るための許可証と砂防出張所が土曜日でしまっているので展示館のほうに鍵を返却した。
途中でガソリンがぎりぎりになり沼田インターで外に出て補給。残り2リットルしかなかった。前橋に到着したのは21:30。ともあれ全員怪我も無く、観測も成功してよかったよかった。
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