○ 土石流を目撃した日時、場所
 1994年7月30日 新潟県苗場山清津川上の支流 サゴイ沢

○ 当時の天気
 梅雨末期の集中的な雨が7/28頃から降り続き、7/30に我々のテント場周辺は降雨でなかったが、ラジオのニュース(7:00PM)によると裏側の群馬県側の沢筋(四万川)では1時間に100mm以上のあめとのこと、夜中の9時ごろにいわゆる鉄砲水に見まわれる。  

○ 沢の形態的描写、沢水の巾、沢全体の巾、V字谷両側の傾斜、植生の種類
 無水の沢がカール状(本当のカールでないが)の谷の出口(首部)で、サゴイ沢に収斂し、水が一挙に増水する構造になっていた(あとで地形図で調べたっ結果)。平常時は沢巾が7〜8mであったが増水時には(気がついてから10分弱で)沢の凹部全体が水流となり、恐らく水深も3mくらいになっていたと思われる。谷の傾斜は左岸で30度くらいか(段丘状になっていた)、左岸で樹木で判断しにくいが90度近いような印象があった。植生は多分ブナ(比較的若い)を中心とした杉、松(赤)、トチ、etc。

○ 岩の質や色、沢にある岩石の雰囲気、一般的な岩サイズ、沢水の深さ、
 花崗岩類を中心としたチャート、頁岩などと考えられる。山荘の山口館近くでは上流の割に丸っこい岩石(平均数10cm)(平常時)。増水時はピーク時には直径1〜2m程の岩がカラゴロカラゴロ音を轟かせ、水中では火打石状態となり青白い閃光が何度も見られた。

○ 沢水の流れている沢水が岸から落ち込んでいるかなだらかにフラットか  
 落ち込み状

○ 沢水の色、透明度、飲める水か
 平常時には透明度は一級、当然飲める。

○ 直前の雰囲気、どこを歩いていたか
 河原の水面より2mぐらいの所にテントを張っていた。テント場には降雨は無く、ニュースを聞いて鉄砲水の予測もしていた。

○ なぜ察知し逃げられたか、音か雰囲気か?
 現場(テント場)は不気味なほどの静かさであったが7:00にニュースを聞いていたのでメンバー全員で(4人)心配はしていた。メンバーの1人が9:00少し前に沢に足を入れて歯を磨いていたところ(他の3人は酒をしこたま飲んでいた)足の感覚で増水を察知し大声で増水を知らせた。それから5分とかからないうちに一挙にやってきた。

追記:  200m程の下流に山荘があり、増水の1時間ほど前に山荘泊り客の新潟県の男性(50歳ぐらい)が1人で我々のテント場に訪問し、酒をさし入れてくれて程なく山荘に戻り、増水したときに山荘の主人に上流にテントを張っているグループがいるとの内容を伝えてくれたらしい(後で知る)。  我々が増水に気づき着の身着のまま何も持たずに右岩の段丘をよじ登っているところ(このあいだ10分くらい)、山荘の主人が懐中電灯を持ってきて、高巻きの道を案内してくれて、どうやら全員助かった。2張りのテントのうち、1張りは流され、野営具の全てを失った。酒だけ残った。リュックの主な持ち物は山荘に置いてきたので無事。

○ 察知瞬間、最初に見た瞬間どのような構成だったか、
 真夜中で全体像はつかめていないが、あっという間のことであった。

○ 岩が見えたのか水が見えたのか音が聞こえたのか、地響きか
 岩、水、音、地響きのすべて。

○ 近傍に来たとき、土石流の前面はどのようなものだったか。たとえば前面の盛り上がりの高さや材質
 暗くて判断不能。

○ 音や振動、前面の高さ、または土石流の厚み  

○ 通過中、どのような音と振動。どれぐらい続いたのか?
 増水のピーク状態は30分くらいだったろうか。

○ 通過後、どれぐらいしたら行ってしまったのか、
 約1時間で安全状態に戻る。

○ 下流で何が起きたのだろう、自然消滅または本流で消滅。
 あの増水状態では清津川全域で濁流になっていたと考えられる。三国山脈全体、関東地方一円の72時間くらいの降雨であれば、清津川どころか本流の信濃川も相当な増水であったと考えられる。

○ その後の情景、気持ち
 助かってのことであるが、小生(著者)は一連のできごとを結構楽しんでいたフシがあり、あとで反省している。仲間の1人はその夜、ガタガタ体を震わせ朝まで眠れなかったらしい(山荘での事)。

○ この土石流の原因推定はできるか?
 はっきりしていると思う、図のような地形の(水面から段丘の3段くらい上部、2〜3m)沢の河原にテントを張れば集中的な降雨では段丘の数段上でもこのような事態に同然なり得るのだ。野営地の決定に甘さがあった。

○ その他に気の付いた事がありました御書きください。    

KOYAMA