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糸魚川、姫川にある蒲原沢の土石流 現地観察記録 98年6月9〜12日


1998/6/9 蒲原沢中流から姫川への合流部
 姫川は長野県から新潟県へ北向きに流れる川である。日本を東西に分けるフォッサマグナ、地殻がこすれあってグシャグシャに破壊されている部分に川ができていると考えたほうがよろしい。姫川は新潟の糸魚川市で日本海に出る。

 この海岸一帯は翡翠(ひすい)の山地として知られる。翡翠は地殻変動によって作られ、姫川の支流が地表を削ることによって現れ、土石流によって姫川に運ばれて日本海に流れ出てる。

 強烈な地殻変動はこすれあうところの岩石を硬く脆くしていく。蛇紋岩が熱変成したものが翡翠の元となるらしい。他の地域では想像できないほど硬くて脆いのであるが、本文の写真を見ていただければ想像がつくかもしれない。

 この視察は96年12月に起きた長野県小谷村(オタリムラ)姫川支流の蒲原沢の源流部を起点とする土石流現場である。この災害では治山工事にたずさわっていた多数の出稼ぎの方が亡くなられた。捜索のために延べ4万人日が費やされている。
 中流部にある完成直後に破壊された(96年12月)砂防ダム(本当は谷止め工と言う)。
 ここが見える場所までは自動車で行けた。下部に見えるのはダムの基礎である、赤い横線は砂防ダムの破壊されてしまった上部の位置で右横に残骸が見える。
 砂防ダムは上流側に土砂の堆積物を貯めて傾斜を緩やかにすることを目的としていたが、残念ながら本体完成直後だったので上流に堆積が無く一挙に破壊されてしまった。どれほどの威力であったか想像できるだろう。

 これは砂防ダムの上流部である、左側の崖の下部が土石流によってえぐりとられ上部から土砂が堆積角で本流に落ち込んでいて、とりあえず安定状態に見える。

 災害直後の捜索活動を2次的な災害から守るために上流の尾根線にもうけられた監視所。数メートルの雪が積もる地域で常時2名が監視体制にあったそうだ。
 蒲原沢が姫川に出る合流部である。かなり高いところにある赤い橋は旧国道148号と旧国界橋。長野県と新潟県の県境をまたぐ橋。撮影は前々回の土石流で落ちてしまった国道148号、国界橋の再建築現場からである。人的被害はこの工事中に起きた。
 あらたに造られた砂防ダムはスリット形式で、土砂を溜めずにそのまま流す。しかし大型の土石流が起きれば、今度は高い位置から落下し、川床で跳ね返ってふたたび国界橋を叩き落とす危惧がぬぐえない。
 橋梁工事は川床にまったく人が降りる必要がないように、始めにケーブルを張り、吊り橋を作ってからおこなわれている。
 橋のたもとにある頑強なコンクリート製の慰霊所である。しかし、頻発する土石流がここまで岩石を跳ね散らかしコンクリート壁に破壊痕が見える。  蒲原沢が姫川に合流した直後の姫川下流の屈曲部。姫川に流れ入った土石流や洪水が直進して崩壊を進め、高さ数十メートルの崩落を見せている。

1998/6/10 蒲原沢源頭部
 自動車で「紙すき山牧場」まで行き、徒歩で2時間の予定で。実際は1時間半で到着。
 道案内をしていただいた長野営林局の小池さん。
 土石流現場を尾根から下流に向かってのぞいたもの、直下は100mぐらいの崩落後の断崖でかなり危険。カメラを三脚につけ三脚の足元を握って張り出させて撮影。
 沢の出口にある一番奥の岩盤まで300m(レーザレーダで測定)。  崩落現場に降りる途中から見た上流部の崩壊していない沢のようす。
 崩壊中心から崖の上を見あげる。高さは約100mで赤丸に私(玉置)が写っている。  崩壊現場から尾根に戻って休憩、左から水谷(森林研究所)、矢澤(数理設計)、古谷(長野営林局)
 帰りは下りで楽々、紙すき山牧場を歩く玉置 MMMM

1998/6/11 蒲原沢の隣りの浦川
 浦川も土石流頻発地で明治44年に村が消滅している。その災害碑が平成4年に建てられたのだが、直後の土石流でこの碑が流され復旧工事のときに掘り出されている。傷痕はそのときのもの。  以前存在した鉄橋は無くなり、その土手に監視小屋が設置されている。もちろん監視人は土石流発生と同時に警報を鳴らし、即座に避難しなくてはいっしょに死んでしまうだろう。
 浦川は上流部の中心から半径数kmの全体がごっそりと崩れ落ちている。核実験でもこれほどの破壊は起きない。  糸魚川市にある治山事務所宿舎にたどりつきへばっている矢澤君

1998/6/12 蒲原沢の中流で合流する下流から見て右側の沢
 次回予想される一番危険度の高い沢である。旧国界橋の新潟川から尾根を越えて一時間ほど歩く。雨だった。
 山を歩くと尾根に沿ってよく見かける地形だが、これは左側が落ち始めている、サイドクラックという。
 崩落した土砂隗が木を残したまま川の中に落ちて中島となっている。
 初日に下から見学した場所を滝のような急流部の上から見下ろしている。かなり危険な場所である。  上流を見ている、この右側の斜面は98年のお盆に崩壊している
 すべての視察を終え、帰りの道端にあった温泉。 MMM

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