国家と戦争、人間の対話

参考文献: 「なぜ、ナチスは原爆製造に失敗したか」 トマス・パワーズ 福武文庫

 ナチがヨーロッパを支配し、まさにモスクワを攻め落とそうという時期であった。ドイツの核物理学者ハイゼンベルグがドイツに占領されていたデンマークのボーアを旧友として訪問した。
 ドイツにおいてハイゼンベルグは原子爆弾の開発開始の瀬戸際にあることを自覚し、悲惨な未来を予測して世界の物理学者と原子爆弾の開発を押しとどめようとして高名であったボーアに秘密協定を持ちかけたと推測されている。しかし、この会談はハイゼンベルグが核爆弾の可能性を示唆したとたんにボーアが激昂し、まともに意を伝えられなかった。と、後にハイゼンベルグは示唆している。
 物理学者が共同して原子爆弾の開発を押しとどめようというハイゼンベルグの発想と提案は被占領国のデンマーク、さらにヨーロッパ文明が瀕死の状態を迎えていたボーアから見てどのように見えたのだろうか? 国家とそこに属せずには存在できない人間の世界把握の典型と見られる。これは、日本の歴史教科書問題で論じられる「事実」の問題でもあろう。
ハイゼンベルグ ボーア
私はウランでは核爆弾は作れないと思っている。 そうだ、それは世界の為に良いことだ。
しかし、ウランには238と235があり、235を抽出すれば核爆弾は可能だろう。 しかし、それは1%以下の濃度でしか天然ウランには含まれていない。
実験してみたが同位体の分離は化学的には不可能だった。しかし、原子炉を動かす3%程度に濃縮する事は可能であることがわかった。潜水艦のエネルギー源として原子炉の開発を目指しているが、道は遠い。 同位体の分離は熱拡散、遠心分離などがあるが戦争遂行と同時には無理だろう。
そこで、これから言う事を良く聞いて欲しい。
原子炉は本当はほとんど濃縮しなくてもできる事がわかった。能率が悪いだけだ。そこで核分裂の連鎖反応は起きるだろう。でてきた中性子が他のウランを分裂させる。
そう、ウラン235が分裂してバリウムになるのは、わかっている。
いや、分裂はウランがバリウムになるのだが、中性子吸収が起きるのだ。 ウラン238にか?
そうだ、質量数が239になる(後にプルトニウムと言う) それがどうかしたのか?
質量239の核種は化学的に簡単に取り出せ、高速中性子で分裂するる。 あーっ、それを核爆弾に使おうと言うのか?
しかし、われわれはいまだに原子炉を作れない。高速中性子を減速する重水が少ないし、代わりの黒鉛も不純物のボロンが多くてうまくいかない。
我々がここまで気がついているのなら、イギリスやアメリカの科学者も遠からず知るだろう。
世界は終わりを迎えるだろう。
そこで、世界の物理学者に知ることをやめられはしないが、原子爆弾の開発を思いとどまるように科学者間の秘密同盟を結びたい。ボーア先生、協力してくれないか。 とんでもない、ナチがヨーロッパを牛耳り、毎日1万人も殺戮しているのを認めろと言うのか!
いや、ヒットラーの支配は、いずれ終わるだろう。それまで科学を生き延びさせたいのだ。 私は被支配民族だ血の半分はユダヤでもある。イギリスは沈没しようとしている。それに、君はドイツの核爆弾ではなく、ドイツに核爆弾を行使されるのが嫌なだけなんだろう。
実はそれもある。私を信じて欲しい、ドイツに核爆弾は作らせない。戦争に行かなくてもすむように科学者を保護したいのだ。 残念ながら、君の言うことは支配者の手下の言うことだ。残念だ、帰ってくれ、もう来ないでくれ。

 これは、まったく推測の話の内容である。ハイゼンベルグはこの会談の直前に

 ことを研究成果として知っていた。一方、ボーアは

 と思っていた。
 ハイゼンベルグは数年間の核爆弾の予測として

 と信じていたと言われている。核爆弾の完成を阻止しようと夢想したハイゼンベルグ、被抑圧国の一員であるボーア。ハイゼンベルグの核抑止の願いとボーアの怒りをどう見ればいいのだろう?


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