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文書作成作業と思考の相互関係

(株)数理設計研究所 玉置晴朗 2002/03/23 - 2006/04/07

文書の作成にはいくつかの効果がある

  1. 文書作成の作業 → 意見や論理を明確にして問題点の特定や論理性の欠如を見つけ出す
  2. 作成された文書 → 未来の私や他の人に意思を伝える

以下、文書作成の作業による効果について記す。


 文書は時間と空間を超えて情報を運搬する。(厳密に言えば記号を運搬するだけだが)。それ以外にも、文書を作成する作業は著者の意志を客体化して眺め渡すことができる展望性を与えてくれる。体験は物語られることによって経験となるのです。

項目リスト
 発想はイメージとしてパラレルである。考察は短い関連性の範囲で組みたてられ、言葉やイメージとして意識化する。これを文字や絵として物理的に具象化された紙片に変換すれば、発想されたパラレルイメージを自己の外部において眺め渡すことが可能になる。この文書はバラバラに並べた項目のリストである。
 頭脳の中に発したイメージをシリアルで出力する人間の限界は紙の上に配列して表現しなおす作業を通じて内的イメージを外部に移すことができる。これは意志の客体化として自分を発想者と判定者のふたつの立場においてくれる重要な作業である。

論理構造
 多くの未解決問題は問題の所在が確立していないところに最大の困難がある。突破すべき壁が何かわかっていなければ乗り越える方法も思いつけない。
 一見、問題が明確になっているように見えていて突破できないのなら、問題点の絞り込みが不完全であることが多い。障壁のまわりを突っつき、地下にどれぐらい土台があるのか、高さは、材質はなどと、明確に壁を記述する努力を通じて人はあらゆる困難を乗り越えてきた。漠然と問題点の所在を記述することで事たれりとしてはいけない。問題をあらゆる方向から記述することは解決の助けになる。岸壁を登るときと同じように精密な描写はハーケンの打ち所、別の尾根からの登頂を示唆することができる。

不可能論理の打破   人は空気より重い、ゆえに、空を飛べない(ケルビンだったかな?)。
 不可能性を証明する論理は、特定のある立脚点に立って困難さ不可能性を説明したものだ。多くは原理的な不可能性に見えるが、実は立脚点に固執するがゆえの不可能性であることが多く、考え抜けば困難点を証明したもののとは別の知識や人類の知見が乗り越える方法を提供してくれることが多い。
 たいていは問題点を詳細に記述する中に手がかりがある。つまり問題点をクリアにする努力のなかに気づかなかった手がかりがあり、あらたな手法で壁を乗り越えるルートが開拓されるだろう。

結論
 論理は必ずしも新ルートを開拓はしない、しかし新たな発想を用意してくれる。だからこそ困難に対して記述する努力とその整備を惜しんではいけない。また、意見を正確に公表するのは他人の目で自分の意見を見るだけではなく、まさに他人に自分の意見を検査してもらえるのだ。意固地にプロパガンダするだけが文書を作る理由ではない。その意味で正確に構造を持った文書を作成しよう。

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