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ひとつ前へ WWWルートへ 記述責任者:mad@mail.wind.ne.jp 研究ってどうするの?
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参考: 私が1975年ごろに試みた 「自動車用の雨滴感知器の開発実験のノート」 2003/09/27 |
確実に言えることは凡人は研究メモやノートを書かないことなのですが、すべての大科学者はなぜメモやノートを残すのでしょう? 現代の理解によれば、それは人が物事を理解するためには物事を表現する言葉や図形が必要であり、この言葉や図形を自分から外にいったん出して観察する必要があるからだそうです。 研究は書くことがすべてだといえるぐらいですね。書かなければ電卓並みの能力がノートを利用することによってパソコンになります。これは絶対です。 |
| 文章が出てこない! と嘆くあなた。誰も最初から名文なんて出てきやしません。断片的な文を書き、眺め、組み立てなおすんです。断片的な文も書かないでまともな文章を書こうとするのは、種をまかないで収穫を得ようとするのと同じです。 まともな計画が立てられない!、まともなレポートが書けない!、と嘆くあなたも同じです。さらに言えば、まともに話ができないと言う方も同じです。人間は始めから人の前で話しができるわけではありません。話のうまい人間は、その裏で莫大な研究と努力を重ねています。私はかなり多くの教授を知っていますが、研究発表ではなみだぐましいほどの努力をしています。10分の研究発表にパワーポイントで50枚の図を作り、これを10枚に減らすのに1週間ぐらいかな。 話題がずれました。けっきょく研究とは未知の事象を知ることです。開発も未知の事象を知り製品にすることですから本質は同じ。しかし開発で少し違うのはターゲットが明瞭なことです。だから開発はターゲットにいたる道を探す探索活動が主になりますね。しかし研究はターゲットそのものを明瞭にする過程が研究なのでノートを残さない人にはできません。もし、あなたがノートを残さずにできているならば、人類史にまれな天才なのか、または、たいした研究者ではないと言うことです。 ノートを作るのは、別人となってしまう明日のあなたのためであると同時に、明日のあなたから見て別人の過去のあなたとの連続性を持たせるためです。時間を越えた存在が別次元のあなたを作ることは請合います。ぜひ、ノートを記憶の補助手段として利用してください。 |
古いけれど偉大な科学者や技術者、中世のダビンチやニュートンなどの先人は多くのメモが残っていることからして、たぶん一般的な方法ではないかとも思います。
メモはそのままではいけません。完成したときはもちろん挫折したときなど、ひと区切りついたときには、その時点できっちりと整理しておきましょう。砂場で山を作るときも時々つき固めておけば高い山ができます。整理するってことは、砂上の楼閣ではなくちゃんとした築山を作るために必須の条件なのです。 おまけ: あれやこれや試行錯誤と考えをめぐらして夢の中に記号や図が出てくるようになれば打開は近い。そこまでがんばらなくっちゃ無理ですよ。 |
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