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数理設計研究所 代表 玉置晴朗 2002/01/08 - 2003/09/27
参考: 私が1975年ごろに試みた 「自動車用の雨滴感知器の開発実験のノート」 2003/09/27
実験記録、論文、文章と、ふつうは違う書き方であるはずのものを並列に言及しています。しかし、文章の基本は他人に文字という抽象化した手段で意を伝えるもなので、あながち別にすることもありません。「他人に伝える」その一点を重視してひとつにまとめてあります。
目次:
| 書き始める前に: 目的別: 論文構造: | 文章: | 図や写真、グラフ: グラフ: 写真: |
ちょっとした過去のメモ。後で読んでみると何の事やらわからんなんてことがざらにあります。たとえ自分だけが読むのだとしても、共同実験者に話をしないでメモだけで意志を通じることができるような内容にします。
レベルの高い学者、同じような分野でも、少し分野が異なればまったくのアマチュアです。文章を書く目的は理解させることにあるので、相手の立場にたって共通理解のベースがどの付近にあるのか再考すべきです。
人はある基礎的な了解の上に世界観を作り上げるもののです。この基礎の共通性を抜きにして良い文章はできませんし、独善的な記述になります。相手の反応、顔色を想像しながら文を構築しましょう。
書き始めるにあたって達成目標を決めます。原稿料や名声、それとも学位、補助金を得るため、俺はここまで達しているという意味で書くのか整理をする必要があります。
自分が自己満足のために書く日記なら自己の意思を前面に押し出してもよい。(イヤミです)
誰が何のために読むものかを明確にします。
自ら設計したもののマニュアルを書くのは非常に困難です。その一因は、知りすぎていてマニュアルを読む人の反応が予測できないからです。もうひとつは理解構造の基礎を無視した内容構築にもあります。
想像できない宇宙人に対してどんな事も説明できません。一度は口頭で説明してみて他人がどのような見かたをするものか、そしてどこに共通理解を置いてマニュアルを読む基礎レベルとするかなどを調査しましょう。
全体構造を明確に簡素に書くことは必要ですが、必要以上の事を書いてはいけません。多すぎる情報は肝心の必要情報を隠蔽します。
ソフトウェアを伝えるためのマニュアル(Cの関数説明、C++のクラスライブラリ)なら、ソフトウェアを直接書くのは最悪の書法です。それでは誰も読みません。プログラマが何を必要とするかを想像し、必要かつ十分、さらに簡素に書くべきで、プログラム類は最後尾につけたりとして記載するだけです。
Cの関数説明なら利用するだけのユーザーはインターフェースを中心にします。ユーザーが内部構造まで踏み込んで改造することを期待するのならアルゴリズムを付け足します。
いずれにしても、プログラマは書かれている個々の行を知る以前に全体像を知ろうとします。あたりまえのことです。全体像を知らなければ個々の行の意味が取れるはずもありません。これらをひと目で読み取れる範囲とサイズにおいて表現しきるのか、芸術的な工夫が必要です。
ハードウェア製作のためのマニュアルなら、最低限守るべきインターフェースを中心に書きます。ハードウェアの、外部との接触点(インターフェース)から全体像の理解へと進みます。
さらに正確に書けば
(全体の意義)→(インターフェース定義)→(インターフェースを中心とした内部構造)→(内部処理)
だいたいこんな感じの解説になります。
初心者のためのマニュアルなら、初心者の知識レベルの少し上を狙って書きます。おもねる必要はありません。初心者が数冊の別の記事や書籍を参照して読むぐらいでもかまわないことがあります。
最低のマニュアルの書き方: 知っていることを全てぶちまけることです。
実験準備は前回の実験が基礎になることが多い。特に野外実験について述べる
実験ごとに以下の項目でまとめる
参考: 私が1975年ごろに試みた 「自動車用の雨滴感知器の開発実験のノート」 2003/09/27
研究費や補助金は、入学試験と同じです。ある基準にしたがって採点し試験の当落が決まります。
表題、概要、本文(動機、過去の評価、実験、評価、結論、引用)になります。
表題: 何を目的とするかが表題だけで理解できるように
概要: 最初に書き、それをもとに本文を作成し、最後に書きなおします
本文(動機): なぜそのようなことを論じるのか
本文(過去): 過去の技術や理解、その上に何をするのか
本文(実験): 実験、論考など展開部となります
本文(結論): 達成された結論と評価
本文(引用): 目的の文献に行き当たれるように詳細に
読者はあなたと同じ目玉と脳を持っていません。ある説明は別の前提に立っていることが普通です。その前提をどこまで言及すれば同じスタンスで物を見られるか?。それが読者想定をする意味なのです。
ただし、この読者想定はあなたがするものであって、必ずしも真の姿ではないのでは? と常に念頭においてください。参考→文構造の実践的な作り方
”「〜である。」体を使う。「〜です。」体は使わない。” と書いてある文献もありますが、しいて意味はありません。とらわれずに自由に書くべきですが、話し言葉と書き言葉としての口語体は別のものであることを意識して書くのです。
出版社からの依頼原稿では出版社のスタイルを聞いてあわせます。フォーマルな文章はなにがしかの基本スタイルがあるのが普通です(それがフォーマルと言う意味だが)。
”事実と意見,他人の意見を明瞭に区別する。”、しかしこれは困難である・・・・
事実はそのままで人間に見えるものではなく、人間が解釈して事実となります。したがって、事実と意見は本質的に分けることができません。
しかし、事実は多くの人が無条件に認めるような解釈事実とすれば、事実と認定する理由を述べておけば意見から少し遠くなります。しかし「事実と認定する理由」を選択したこと事態が意見なので循環論が避けられません。
「事実と意見」の問題は、こういったことを理解する必要があるぐらいの意味ですが、重要なものです。
他人の意見、他人が解釈した事実(もちろん意見)については参考文献を示して誰からのものなのかを明瞭にする。
”自分の意見については,「〜と考える。」とするなど明確にわかるようにする。”と書かれている文献もあるが、その文全体は著者が「思う」から書いているのは当たり前なので無駄なことはしない。もちろん、「〜と思う」はアホの書く代表的な言辞です(かな?)。
文は「思われる」ので書いているのは当たり前。通常、思われると書く心理は不安だからであろう、読者もそのように受け取るので、この部分は冗長であろう。
「〜と思われた、・・・・」、こういう過去形の書き方なら、論考途中の一段階として問題が少ないし、以後に続く文が、この不安心理を解明していれば良い。
「個人的な事情は一切書かない。例えば,『私は○○に興味をもった。』というのは良くない。」と書いている文献がある。これもめったやたら書かない限り後に意識の流れの発端を示す意味で有意義な場合がありえる。
文頭に述べようとするキーワードを提示すると読者のイメージ生成が容易になり理解が楽になります。
上の文章も
文頭にキーワードを置くと読者のイメージ生成が楽になり理解が進みます。
の方がいいかな。
主語、述語、形容関係が複雑で長い文章はだめです。人を煙に巻くつもりで書くので無ければ、できるだけ簡素な文章にします。切り詰めて凝縮する過程で美しい文章が生まれるし、短くすれば読みやすくなります。
文章を短かくする極意:初心者はブツ切れの文章は恥ずかしいと考えますが、プロは俳句のように書きます。
- ひとつの文でひとつのことを書く
- 口語的な感嘆詞や接続詞を排除するだけシンプルになります
(「日本語の作文技術」本多勝一より、この本を一度読めば良い)
文の並べかた:
長い修飾語は前に、短い修飾語は後ろに。
大状況から小状況へ、重大なものから重大でないものへ。
テンは次の二つを基準に:
1.長い修飾語が2つ以上あるとき、短い修飾語が前にあるときは境界にテンを打つ。
2.重要でないテンは打たない。
ただ、私は彼(本多勝一)の文章は長すぎると思います。長い文章を書くのでこのようなことに気を使う必要が出てきます。短い文章なら問題は起きない。
漢字は一目で意味を伝える象形文字です。しかし、それはてきとうな出現割合であれば言えることで、漢字があまりに多用されると注視点も分散してしまいます。
上の文でも「出現割合であれば」の部分を、「出現割合で出て来る時であれば」となっているならば、漢字をつかう意味が半減してしまいます。言いまわしを変えて適当な出現率に押さえます。
漢字だけを斜め読みして記述内容の概略がつかめる文章なら立派です。
「。.、,」が全体にわたって統一されていますか? 数字の大きさ、漢数字との混用はさけます。
”文章内で一貫している必要がある。”という説には問題がありすぎます。でたらめに使えという意味ではないが、文中で見た瞬間にわかる表意文字としての漢字の問題もあり適当にやりくりして文章全体を見やすくおもしろくする努力をすべきです。
単位の間違い、誤植は間抜けさを的確かつ明瞭に表現する一番簡単な手法です。
専門語は始めて出た段階で説明し、日本語化した英語カタカナ語を多用することは避けます。
言い回しや語尾の繰り返しは単調に見え読者の興味を失わせる。ただしキーワードになるものは変えてはいけません。
以下のリストは分野によって異なります。集積しておき最終校正の段階で修正するのがよい。
完全に変換統一するリスト(一括変換でよい):
。 . 、 , (統一する)
本稿 本書
様々 さまざま
通り とおり
発振機 発振器
分の1 1/2
僅か わずか
づつ ずつ
出来 でき
風に ふうに
” 「」
SW スイッチ
分かる わかる
キャリャ キャリア
部分的に変換するリスト(一括変換ではおかしくなる):
全ての すべての
無ければ なければ
無い ない
訳で わけで
物で もので
有り あり
程 ほど
事 こと
時 とき
方 ほう
ー (カタカナ語の末尾「ー」は削除)
又は または
様に ように
フォント、ヘッダ、フッタ書式を統一し、本当に着目してもらいたい部分以外の修飾はしない
掲載する目的を明快にする。マンガで目を休ませ、文章の堅苦しさを緩和するのもいいが、多用すると目的が分散する。
本文中で図に言及していれば同じページ内に見えていること、図番が必須。図番をつけず本文とは独立に説明を付す方法もある(日経サイエンス標準)。
グラフは、「実験の全体像とパラメータ」が無くては理解不能である。デカルト座標なら各軸の意味、比率がないものは不完全。図に付属して図内解説があったほうがいい。
パソコンソフトが自動的に作成する軸パラメータはどうしようもない。パソコンを使うのではなくパソコンに使いまわされているものと心得るべきだ。
文の中でグラフは図形的に訴えるものとして作成される。
グラフ内の余計な情報は排除する。
- 無駄な数字の削除
- 基準点、目盛り線や間隔表記の明確化
- 多数曲線が混在は避ける
- 必要無い修飾も削除
- シンプル+明快をめざす
グラフ内に着目させようとしている位置の指示や説明を書きこむことをいとわないこと。
実験記録は周囲なども撮影しておく、実験当事者には着目されていない多くの情景が写りこんでいる。
とにかく三脚を使えば良い写真になる可能性がある。しろうとほど三脚を使わない
プロは三脚が使えるときは必ず使う。
必ず構図を決めること、直角、水平、垂直、目的物と全体の配置をよく考える。一枚の撮影で無理ならば、目的物だけ、周囲関連物まで、さらにその周囲、横から、裏からと多数撮影しておく。
(反証可能性)を提案したカール・ポッパーによれば ・本当に良い科学理論はどれでも禁止則になっている。
すなわち、 ある種の事象が起きるのを禁じている。禁じる事象が多ければ 多いほど良い理論である。
想像可能などんな出来事によっても反駁できない理論は非科学的である。反駁不能であることは、理論の長所ではなく、欠陥である。
理論に対する真性のテストはどれも、それが誤りであることを立証するか、あるいはそれを否定しようとする試みである。
検証可能ということは誤りであると立証できるということである。まとめると、理論が科学の中で占める地位の基準は、それが誤りであると立証できること、それを否定できること、それを検証できることにある。
end