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「戦争と平和の論理」 掲示板の趣旨

 この掲示板は政治的プロパガンダをしようとするものではありません。戦争を推進したり反戦を掲げるわけでもありません。
 戦争報道が記者の目で記事を書き、戦争写真が死にゆく子供を撮影する道もあります。しかし、本当に必要なのは論理を記述しておくことです。
 なぜならば民主主義にとって議論できることが1番大事ならば、議論は論理があってこそのものだからなのです。
 戦争を説明する論理が残っていてこそ、その論理を後に否定することができます。

 反戦運動が「子供たちがかわいそう」、「人殺しは悪だ」で始まるのは理解できます。しかし、それでは戦争を平和に転ずることはできなかった。
 組織や対象に否定的なラベルをつけて非難するだけでは自己満足の表現はできますが、ただそれだけのこと。実際、そういった無論理性が戦争を生み出すものなのかもしれません。
 私自身、戦争についてはいくつもの立場で論理を構築することができ、賛成することも反対することもできます。社会集団の暴力的衝突が戦争というならば未来にも無くなることはないのかもしれないとすら思います。
 しかし、今から数百年前には日本国内でも各地の領主の争いがありました。桶狭間の戦い、などなど。日本国内の戦争、東京都と大阪府の戦いなんて想像もできないでしょう。
 社会構造の変化が戦争を起こさなくなる良い例です。その理由はまさに論理として作られるべきだと考えます。ECなどはそういった論理、(経済圏の統一が平和を生む)で作られてきました。

 というわけで、一見極論と見える意見でも未来の私達に遺していくのも意味あることと考えたのです。もちろん、私が書いた物自体に私が反論することすらありえるので、これをそれぞれが考察の基盤に使っていけたらいいなと思います。

考察項目とずさんな考察

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