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ひとつ前へ 数理設計研究所TOP 記述責任者:mad@mail.wind.ne.jp 50歳以上の再就職難(C)数理設計研究所 玉置晴朗 2002/02/03 - 2010/03/08 |
| 2002年2月現在、私は53歳。新聞では中高年の再就職の困難さが記事を埋めている。子供が大学に行く頃に職場を失った中高年サラリーマンの悲哀は手にとるようにわかる。栄華の時があったのだからといえばそれまでだが、過去に栄華があったとも言えないか。 昔は職にあぶれると田舎に帰る道があった。今ではそんな余裕は田舎にも無いし、どだい時代が変わってしまった。私はフリーの技術者で職業人生を過ごしてきたので、浮沈みの波には慣れているつもりだが、それでも沈みの時期はつらいものがある。 30年の職業人生で3つの職業を変遷している。ひとつめは大学を卒業してすぐの10年。これは弱電工事業。豊美さん(カーチャン)の労働に助けられ、娘の世話もあって貧乏で苦しかったが、楽しかった。 つぎの10年は日本マイクロハード(株)という小さなパソコンの開発会社を設立して運営した。利益処分に困りどえらい給料をもらったりもし、総じて平均以上の生活と限界まで能力を使う時代だった。今でも人的関係では余波が続いている。20年経つと世間も見えてくるし、凡人の能力というものは努力でしかないと実感するようになった。 パソコン設計の時代も終わり、ふんぎりよく会社を清算し2年ほどブラブラしていた。その後8年は研究業として今のことをやっている。 最初の10年は下請けではあったけれど高度なこと専門の弱電工事。その次の10年は製品の開発研究業。さてその次はとなれば見えてくるだろう。言い換えれば、現在の高度技術→次技術の製品化→次世代技術の研究。私なりに世界を見てこんな風に進んできた。 世間では30歳以下の人間が研究開発を担うといわれている。そうかもしれない。しかし、ちょっと待てよ。技術ってそんなに甘いものじゃないんだよ。科学・技術とひとくちに言うけれど、技術は知恵や記憶ではない。何かを実現することなんだよ。今ではたいてい科学の成果を使って何かを実現することが技術だ。科学者は無理かもしれないけれど、年取ってからの技術者のほうが見通せる地平が広い。若造のレオナルド・ダ・ビンチって思い浮かべられる? |
まあ、そういうわけで。会社を首になった技術者にエールを送り、次のことをお勧めします。
2010/03/08 追記 8年たった。まだ生きている。 今はおじさんだけではなく若者の就職難。就活と言うのだそうだ。いずれにしても日本の社会構造が「戦後」では無くなったって事だろう。 自営業の勧めをお送りします。2010/02に群馬大学のイノベーションセンターが実施した「起業塾」で話をした内容です。ファイルは2本立て。趣旨は同じですが紙芝居と、家に持ち帰って読んでもらうためのものです。見掛けは違いますが主旨は同じ。
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