群馬師範学校の教師・卒業生達が執筆した教科書紹介コーナー
このコーナーでは、群馬師範学校の教師・卒業生達が執筆した書物を教科書を中心にして紹介します。このサーバーにある画像ファイルがあるもの、国会図書館の近代デジタルライブラリーのデジタル画像のあるものは、それぞれにリンクを張っています。卒業生で、かつ、群馬師範でも教鞭を執ったことのある者は卒業生として分類してあります。順次、増やしていく予定です。
教師
喰代豹蔵
在職期間 明治14(1881)年12月12日 〜 明治18(1885)年11月16日 校長として
宇田川準一
在職期間 明治15(1882)年7月10日 〜 明治18(1885)年12月26日
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篠田 利英
在職期間 明治15(1882)年7月14日 〜 明治19(1886)年9月8日
瀧澤 菊太郎
在職期間 明治16(1883)年10月26日 〜 明治25(1892)年9月20日
明治22(1889)年12月21日〜 明治25(1892)年9月20日は、校長を勤める
柳生 寧成
在職期間 明治17(1884)年6月19日 〜 明治19(1886)年1月31日
以上3名と後藤牧太との共著の教科書
後藤、篠田、瀧澤の3名による共著の教科書
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堤 辰二
在職期間不明 現時点の我々の調査では、正確な在職期間はまだ分かっていない。ただ、明治37年6月発行の『群馬県師範学校一覧』の「明治12年以前退職ノ職員氏名族籍」の欄には、「堤 辰二 群馬士」との記述が見られる。
清水禎文先生の論文「明治期の群馬県における教育会の歴史的展開」(東北大学大学院教育研究科研究年報 第54集・第1号 (2005年))に、次の記述がある。
堤辰二(1856-1905)は、高崎藩士の子弟であり、明治10年(1877)に東京師範学校を卒業。群馬県出身者では、東京師範学校に学んだ最初の人物と思われる。東京師範学校卒業後、群馬県師範学校教諭になるものの、明治13年(1880)には辞任、以後西群馬片岡郡の小学校の教員となる。多数の教科書を編纂し、明治25年(1892)には大日本教育会から表彰された。
2007年11月5日追加
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群馬県師範学校卒業生
小林晋吉
明治21年3月 本科卒業 一時、群馬師範でも教鞭をとる。東京府師範学校教諭、学習院女子学校教授等を歴任
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根岸福爾(福弥)
明治24年3月 本科卒業 一時、訓導として群馬師範(附属小学校?)でも教鞭をとる。東京高等師範学校助教諭、三重県師範学校長、茨城県師範学校長等を歴任
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峯岸米造
明治23年3月 本科卒業 東京高等師範学校教諭を歴任
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石原和三郎
明治24年3月 本科卒業 「兎と亀」の作詞者として有名ですので、特に説明は不要でしょう
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